叔母をおくる通夜告別式

入院中の叔母の容態が急変してあっという間に亡くなってからなんとかここまでこぎつけた。

大まかな段取りは葬儀屋に任せておけばよかったが、こまごました事を決めていったり、親類縁者のいろいろな調整ごとで忙しい数日間だった。GWが明けてからは仕事の激務も加わった。妻をはじめ親戚の女子組に動いてもらってなんとか通夜を迎えることができた。

5/9水通夜1800〜昼過ぎまで雨。その後も弱い雨が降ったりやんだりの天気。

当日、できれば会社を休んで余裕をもって通夜に臨みたかったが事情が許さず、半日休暇にて対応。1400頃に帰宅しコンビニ弁当をかき込み、小休止。礼服に着替えて忘れ物が無いかチェックして1515自宅を出発。1630に斎場入り。仕事にキリをつけて斎場に着くまでで今日のエネルギーの大半を消費した気がする。

既に喪主を務める姉叔母が会場一番乗りであった。91歳の姉叔母は車で迎えに行くという従兄の申し出をことわって一人でタクシーでやってきた。

控室に案内されてひと休み。程なく葬儀屋スタッフと通夜の段取りの確認、集まってきた親戚の応対、お寺の住職に挨拶とあわただしくなってくる。

1800通夜開始。焼香に関する段取りに従わない親戚うちの母!のふるまい等発生するも

何とか無事に式は進む。仕事が終わって駈けつけた妻が到着。

いつも父方と母方の親戚のカラーの違いが面白い。父方は皆さん概ね真面目。母方は良く言えばおおらか。悪く言えば空気を読まない人で読経中もよく喋る。

私の見る限り最も通夜らしく故人の死を悲しんでくださったのは叔母のお友達の人だった。

通夜式終了後、通夜振る舞い。歓談の席でお寺のご住職と耳の遠い姉叔母91との会話があまりにも噛み合わなくて周りは爆笑。通夜振る舞の間も葬儀屋とのこまごました確認がありせわしなかったが、だいぶご無沙汰している親戚ともお会いできて概ね楽しい時間であった。

以前は斎場に一晩泊まりの習慣もあったが最近はあまりやらないとのことで2030に一同解散。

5/10木告別式945〜

900に夫婦で斎場到着。本日は昼すぎまで雨。

今朝の式場一番乗りも姉叔母91だった。昨晩はあまり寝られなかったというがよく喋る。

告別式は通夜より参加者も少なく親類のみでこじんまりと行われたが、やはり実務上の喪主である私はこまごました段取りに追われてせわしなかった。また高齢者も多くそちらのフォローもそれなりに気を遣う。ただ次代を担う若手たち従兄従姉の子供たちが頼もしく働いてくれて助かった。

式は滞りなく終了し1300頃解散。

いつも親戚ぐるみでお願いしている葬儀屋の、我親戚の相関関係を解っているうえでの仕事ぶりが見事で、細かいところまで行き届いた良い働きをしてくれた。

姉叔母と私と妻の三人でタクシーにて姉叔母宅へ。遺骨を祭壇に安置して本日の仕事は終了。やっとひとつのヤマ場をクリアした。諸のことで疲弊しきった私たち夫婦は1430頃自宅へたどり着いた。

これからまだまだやることがある。四十九日、納骨までの法事の段取り。叔母の遺品整理。一人暮らしとなる姉叔母の支援。

疲労でこちらの寿命を縮めないようにうまくこなしていこうと思う。