川端康成が「踊子」の名を「薫」にした背景 ( 日々の出来事 )

◎踊子の名←実際の兄の名←川端の父の名・・の構図

 

川端康成の小説「伊豆の踊子」は殆どが氏の実体験に基づくもので 

主人公はほぼ氏自身である・・ということはよく知られています            

                          

しかし登場人物の名前の設定には ある思惑を込めて 事実が操作されています

氏は この小説の中の「私」に「二十歳の私は自分の性質が孤児根性で

歪んでゐる」・・と語らせていますが それは即ち「孤児根性」をもつ

氏自身のことでもありました 

 

氏は生後2才になる前に父親を亡くし 翌年には母親も亡くして 

姉芳子と二人きりになってしまったので 氏は母の実家に引き取られ

姉は伯母の家に預けられます 氏が七才のとき祖母が死に 

十才のときに姉も亡くなり その後は祖父と二人暮しを始めたものの

十六歳のとき祖父が亡くなって ついに孤児となってしまいましたから

 

「孤児根性」をもつのは無理もないことでしょう   ただし・・   

 

『 氏のいう「孤児根性」とは、世間一般ですぐに想像される「性格上の

ひねくれや陰気さ」ではないようです。

氏の初期の小説に『葬式の名人』があり、その中で

「????生前私に縁遠い人の葬式であればあるだけ、私は自分の記憶と

連れ立って墓場に行き、記憶にむかって合掌しながら焼香するような

気持ちになる。

だから少年の私が見も知らぬ人の葬式にその場にふさわしい表情を

していたにしても いつわりでなく、身に負うている寂しさの機を得ての

表われである。」・・とあり

この「身に負うている寂しさ」が、言わば「孤児の感情」なのです。

それは後々までも、氏の文学の一つの根となっています。』

(www.ne.jp/asahi/kokoro/odoriko/odori-cont/kawaba.htm から引用)

・・この様な「氏の心情」を踏まえた上で 

伊豆の踊子」における登場人物の名前を考えると・・

 

踊子の名前の「薫」は・・実際に氏が逢った旅芸人の踊子の兄の名前が

「時田かほる」だったことと この兄が氏と伊豆山中で逢ってから下田の波止場で

 別れるまで 何かと氏を気遣ってくれた上に 帰京した後の氏と

しばらくの期間は文通もしたというような関係から

氏が ”親密さを感じていた”この兄の名「かほる」を

「小説中の愛着のある踊子」に「かほる=薫」として「移入」したのでしょう

それと同時に・・

「小説中の踊子の兄」の名には・・氏が「孤児根性」という心情の中で 

顔も覚えていない亡き父を慕う気持ちで 氏の父の名前である「栄吉」を

これまた 移入したのでしょう

 

ところで もう一つ 「実際の踊子の兄の名」を「小説中の踊子の名」に

してしまうには好都合な状況があったことも見逃せません それは・・

 

すなわち 男の「かほる」を女の「薫」に変換しやすかったということで

氏が「伊豆の踊子」を執筆した時代は既に「薫」は男女兼用だったからです

 

◎「薫」と男女兼用名前の苦労

 

「薫」という名は 古くは1千年前の世界初の長編小説である「源氏物語」に

男の名として登場しますが・・

 

いつ頃から 「薫」が男女兼用になったのでしょうか とにかく現在は兼用ですね

 

有名無名ざっとあげると・・

 

男では・・小山内薫(劇作家、演出家) / 丸山薫(詩人)/ 蓮池薫(拉致帰還者)

小林薫(俳優) / 藤原薫(子役からの俳優) / 井上薫(弁護士)

斎藤薫(私の高校教師) /  黒沢薫(私の高校同級生)

 

女では・・鳩山薫(元首相鳩山一郎夫人 鳩山由紀夫の祖母) 

     中丸薫(国際政治評論家) /  八千草薫(女優 元宝塚歌劇) 

           千波薫(元宝塚歌劇) /  奥貫薫(女優 ナレーター)

麻生薫(元宝塚歌劇団男役。俳優川地民夫の二度目の妻)

木村薫(新橋・料亭 ”新喜楽”の女将)

青木薫(ブータン日本語学校校長) / 野崎薫(私の知人:元経産省勤務)

 

【ひらがな名:兼高かおる(本名:兼高ローズ) /  野辺かほる(女優)

 淀 かほる(女優 元宝塚歌劇花組男役 旧芸名は淀 かをる)

箙 かおる(えびら かおる 元宝塚歌劇 男役 雪組組長)

久美かおる(元宝塚歌劇) 】

 

この状況では「薫」という名を見ただけでは 男女の区別がつきかねますね

 

そこで 思い出される有名な例としては・・

鳩山薫(元首相鳩山一郎夫人)さんの名に「子」をつけて・・

鳩山薫子・・という名前がマスコミも含めて一般的に流布されていました

 

「薫子」なら確かに女性とわかりますが 「子」をつけて呼ぶ理由が

他にもありました

 

飛鳥時代には男性名に「子」が付きました・・小野妹子 蘇我馬子 など

しかし以降の時代は主に高貴な女性につけられ 江戸時代に一時これが途絶えた

ものの 明治になって再び華族の女子において復活したが 明治中期には

文化人らが・・「 ”子”は身分にかかわりなく付けてよい」

「 ”子”は実名に限らず自称でも他称でもかまわぬから付けるのがよい」

など提唱して以降 女子の名への ”子”付けが一般庶民にも広まった

・・しかし歴史的にみても ”子”は女性に対する尊称・敬称的な意味合いが

あったわけです

 

つまり 鳩山薫さんに対する尊称として ”子”が付けられ 鳩山薫子と呼ばれるようにもなったのでしょう

 

さて男女兼用の名には 他にも・・

 

「香織」 

男性では・・宮崎香織(柳原白蓮宮崎龍介の長男 学徒出陣して戦死) 

      野口香織(私の高校同級生)

 

女性では・・坂上香織(女優、歌手)/  持田香織(シンガーソングライター)

                小林香織(サックス&フルート奏者、 作曲家)

 

「忍」 

男性では・・坂上忍(俳優) /  橋本忍(脚本家) / 押阪忍 (アナウンサー)

川崎忍(私の従兄)

 

  女性では・・中山忍(俳優  中山美穂の妹)  /  茂木忍(AKB48)

大野忍選手(なでしこジャパン)    

 

「慶」 

男性では・・佐藤慶(俳優) /  井川慶(元ニューヨークヤンキース投手)

上地慶(俳優) /  須永慶(俳優) /  齋藤忍(俳優)

 

女性では・・大浦慶

        (江戸時代末から明治前期の実業家/日本茶貿易の先駆者)

           佐橋慶

        (エッセイスト 日本初の女だけの会社「??????????」設立)

 

ここで興味深いのは・・ 

佐橋慶さんで・・1980年代前半頃から 氏自ら名前の後ろに“女”の字を

追加して 「佐橋慶女」として執筆活動されています

これは「慶」が男女兼用ゆえに「私は女です」という表明の必要があったから

でしょう 

蛇足的連想ですが・・「更科日記」の作者は実名が不明なので「菅原孝標女

とされ この表記の最後尾の「女」は「むすめ」と読ませて・・

「すがわらのたかすえのむすめ」となっていますね

 

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※  ブログ開始から 主に野辺かほる 美空ひばり 伊豆の踊子関連の内容で

綴ってまいりましたが そろそろネタが尽きましたので !! 

次回からは アトランダムなテーマ 内容になりますが

今後もよろしく"ご開覧"お願いいたします